貴女があんまりにも優しく笑うから

学生の頃の話である。

その日は午前だけの講義がある日だった。14時頃に最寄りに到着したが酷く暑かったので、すぐには帰らず待合室で30分ほど涼んでいた。

対向路線に電車が来たのを機に重い腰を上げて待合室を出ると、対岸のホームから部活帰りの女子中学生たちの甲高い笑い声と悲鳴が聞こえてきた。さっき来たばかりだった電車はすでに出発したあとで、おそらく彼女たちはそれに乗りたかったのだろう。それを横目に改札へ続く階段を降りていると、階段下から「もう吉野線は行ってしまいましたか」と声が聞こえてきた。さっきの彼女たちの悲鳴を聞いていたのだろう。声の主は汗を拭いながら階段を昇る小洒落た格好をしたおばあさんだった。彼女は片手に鷺草の小さな花束を抱えていた。

一陣の風が吹く最中、吉野線ならまだ間に合いますよと返事をした。「ああよかった」と安堵しながら階段を登る彼女を見守っていた。

「貴女、こんな時間にここにいるということは、学生さん?」

「ええ、そうです」

「あらいいわね。私も学生、体験してみたかったわ」

「今からでも、遅くないと思いますけど」

「私ね、ここから通っていた学生さんを見るのが好きだったの。お友達があそこの学生服に身を包んでいたの、素敵だったわ。今日はね、彼女に会いに行くのよ。これは、学のなかった私に、あの子が好きだと教えてくれたお花」

そう言いながら彼女は抱えた花束に微笑みかけた。

「……何年前ですか」

声を掻き消すように電車が到着するアナウンスが流れた。

「もうずっと昔のことよ。学生さんに会えたのは久々だったわ。残りの学生生活、素敵な時間を過ごしてね」

滑り込んできた電車に吸われるように乗り込んだ彼女を見送りながら、改札を出た。

ここは30分に1本の頻度でしか電車が来ない片田舎。突き抜けるような青空とつんざくほどのセミの声が少し愛おしいと思った文月の晦日

太陽かおばあさんか、どちらが眩しかったのかは、言うまでもない。